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視覚 

渋谷のエキシビジョンSuperLISAで
「砂漠」の15秒CFが観られるのもいよいよ明日?今日?まで!
……ということに気付いたmiyo。
さむくて引きこもり状態になってたのですが、
急いで防寒服に着替えて、詩ちゃんと観に行って来ますた。

ホレ。
CIMG5345.jpg

願わくば、コレをバックにニコパチしたかったんだけどー!笑
何せ15秒って一瞬だし!詩じゃシャッター押せないし!
道行く人に事情を説明して30分待ってもらう訳にも行かないし!笑

そういう訳で、次の目標は渋谷ジャックです。
やっぱ渋谷のエキシビジョンは、
みっつ並んでシンクロ放映されないとインパクトが足らない!

がんばれ空夜coo:ya!
みなさまも応援、ひとつよろしくお願いしますです。
笑。


そんなこんなのPVですが、とにかくタイトなスケジュールで
めいっぱい我が儘を聞いて下さった上、
少ないディスカッションの中で空夜coo:yaの世界を
独自に読み取って下さった金子さんには
ほんとにありがとうございました!&お疲れ様でした!

もっと「ああしたかった!こうしたかった!」という
反省点はあったりしつつ、そういうのを
次回作でちゃんとカタチにできたら良いなって思います。

そんな、今回のPV監督をして下さった金子さんから
「砂漠」PVに込めた思いが届いています。

ちょうど今日辺りから「あっ!とみゅーじっく」の
再放送も始まることですし、全国の皆さんが
空夜coo:yaのPVを、インターネットを通して丸ごと聴ける
チャンス週間でもあったりするので、その前に
コレを読んで「へぇ!そういうことなのね!」って思いながら
観ていただいたら、また味わい深くなるのではないかと。


******* (金子さんからいただいたメールより引用)

全体を通じて、miyoさんと人形との視覚のセッションになっています。
miyoさんは歌い手として、言霊使いとして映像に登場していますが、
(1番や、最後のブレイク後のシーン。ラストの「しーっ」のシーン)
人形の世界の代弁者としても登場しています。
(エレベータのシーン以降のイメージシーン)
現実のシーン以外のイメージシーンの導入には、人形の映像が入っています。
写真が畳み掛けている部分や、イラストのmiyoさんのシーンは
「人形が想像する、歌謡いの自分」や「人形が想像する、人間の自分の記憶」
という意味があります。
ちょっとややこしいですね(笑)
歌と映像の順番にそって説明します。


冒頭のぼやけた蝋燭は、人形の目線です。
蝋燭には(イメージの実現、生命の発露、等の意味合いを掛けています)
人形の目が覚め、歌うmiyoさんが映ります。
(「舌を切られて」、の部分はラストシーンへの伏線になってます)
最初はPV的にもmiyoさんをしっかり見せると言うパートにしています。

エレベータ前、miyoさんは人形をサポートする感じで現れます。
言葉を持たない人形の為に、言霊を紡ぐイメージです。
人形の記憶を、言葉にして表すmiyoさん。

やがて、人形の中のリアルが目覚めます。
イラストのmiyoさんは、人形の目線で描くリアルな世界のmiyoさんです。
(人形が想像するから、写真にならずにイラストになっているんですね。)
地下室の電源が入らないボイラー室にイメージが充ち、
廃墟になった印刷所に、人形のイメージが吹き出して、
かりそめの世界しか持てなかった人形の世界が、
リアルな世界とふれ合い、光がスパークします。

そこで生まれる、かりそめの光の世界(蝋燭の世界)は、
イメージの中のものが現実になる世界。
人形がmiyoさんなのか、miyoさんは昔の自分の記憶なのか、
外の世界が存在するのか、もう、全て終わってしまっているのか…
(『はずだった』の部分にイメージの奇麗な映像を持って来ているのは、
 全て完璧な世界にしない為の「外し」です)
イメージの中にあるかも知れない完璧な世界、
でも、それは蝋燭が消えるくらいの一瞬の間に実現する、
はかない世界です。

突然現れたリアルなmiyoさん(ここだけノイズかけてません)によって、
吹き消されてしまう、かりそめの世界。
そこで今までの世界が「miyoさんによって紡がれた詩の世界」
であるとともに、「miyoさんの舌が『切られて』いなかった」
って事を表しています。

僕の想像する「歌姫」は、
歌と詩によって、色々な人格や世界や神話や伝説を、
あたかもそこに存在するかの様に描き出す、
巫女や憑童(よりわら)のような存在です。
人形との世界観の投げ合いにより、miyoさんにその力を託しました。

お打ち合わせの際に
『何度か見て、理屈っぽい女の子でも何度も違うイメージが浮かぶもの』
とか、『深読みすると、色々な世界がでてくるようなPV』
というお話があったので、そう受け取ってもらえると良いなぁ、と思います。
例えば映像の上に掛かるノイズによって、世界観が違います。
前後でノイズが違うものは、別の意味があって
例えばエレベータの後しばらくと、
「光が差し込む隙間は」のあたりと
「遠く近くの蜃気楼」は、出て来るmiyoさんの目線が違います。
後半のmiyoさんはラストシーンのmiyoさんに近いので、
僕はこの時点でのmiyoさんは、ラストを予見しているのではないか、
「世界がはかないのを知って歌っているのでは?」と勘ぐって作ってます。
最初の方なのに、後半のノイズが紛れているのには、そんな意味があります。

あとは、全体的にVJのノウハウというか、
映像的な展開のリズムを入れています。
前半が後半を呼ぶ様に、後半は前半を呼び起こす様に、
最後まで行くと、また前半にループする様に作っているつもりです。
何度も繰り返して見ると、違ったストーリーが見えるかもしれません。

**********************


どうですか?深いでしょおー!

「砂漠」を通して、金子さんは、
「砂漠」という楽曲をPVにしたのではなく、
空夜coo:yaだったり、miyoだったりが紡ぐ世界観を
まるごと映像にしようとして下さっていた訳です。

そんな予備知識を元に、もう一度PVをご覧いただいたら
新しい物語がまた見えて来るかも知れませんよ。


映像も音も詞も、作り手の思いとは別に、
受け取る皆様の心持ちひとつで姿を変えて行くもの。
それで皆様のこころの襞に何かを植え付けることができたなら
miyoは「うしし」なのでございます。笑

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